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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)1997号 判決 1983年9月27日

原告(反訴被告――以下、原告という) 飯田敬子

右訴訟代理人弁護士 玉井健一郎

被告(反訴原告――以下、被告という) 杉浦利治

右訴訟代理人弁護士 永岡昇司

主文

一、別紙物件目録(一)記載の建物の二階増築部分は原告の所有であることを確認する。

二、原告は被告及びその家族・使用人・顧客が同目録(三)記載の便所を使用すること、そのため同目録(四)の部分を通行することを妨害してはならない。

三、原告のその余の請求はいずれもこれを棄却する。

四、訴訟費用は本訴反訴を通じてこれを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

一、当事者の求めた裁判

一、本訴請求の趣旨

1、主文第一項と同旨

2、被告は原告に対し、右増築部分及び同目録記載の店舗部分を明渡せ。

3、被告は原告に対し、昭和五六年三月一日から右明渡ずみに至るまで一か月金一〇万三二〇〇円の割合による金員を支払え。

4、訴訟費用は被告の負担とする。

5、第3・4項につき仮執行宣言

二、本訴請求の趣旨に対する答弁

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

三、反訴請求の趣旨

1、主文第二項と同旨

2、訴訟費用は原告の負担とする。

四、反訴請求の趣旨に対する答弁

1、被告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、本訴請求原因

1、原告は別紙物件目録(一)記載の建物(以下本件建物という)を所有している。

2、原告は、昭和三一年一二月三〇日、訴外佐々木登代子(以下佐々木という)に本件建物のうち同目録(二)記載の店舗部分(以下本件店舗部分という)を、理髪店営業のため賃料一か月金七〇〇〇円と定めて賃貸した。

3、佐々木は、昭和三六年一二月ころ、原告に対し、賃貸借契約終了の際は無償で明渡すから本件店舗部分の二階に居住のため居室を増築させて欲しい旨申出たので、原告はこれを了承し、同人は同月中に右二階部分(以下本件増築部分という)を増築してこれを完成させた。

4、本件増築部分はその構造上独立性を有せず、右完成と同時に原告の所有に帰した。

5、佐々木は、昭和五一年暮ころ、被告に対し、本件店舗部分の賃借権及び本件増築部分を、金五〇〇万円で譲渡した。

6、原告は、佐々木に対し、昭和五五年一一月一七日到達の書面をもって、賃借権の無断譲渡を理由として、賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

7、被告は、昭和五一年暮ころから本件店舗部分及び本件増築部分を占有して、理髪店を営んでいる。

8、被告は本件増築部分の所有権を主張している。

9、原告と佐々木間の賃料額は昭和五三年六月から一か月金八万六〇〇〇円に改訂されていたから、それから二年半経過した昭和五六年三月の賃料相当額は一か月金一〇万三二〇〇円が相当である。

10、よって、原告は被告に対し、本件増築部分が原告の所有であることの確認及び所有権にもとづいて本件店舗部分並びに本件増築部分の明渡しを求めるとともに、昭和五六年三月一日から右明渡し済みに至るまで一か月金一〇万三二〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

二、本件請求原因に対する認否

1、請求原因1の事実は認める。

2、同2の事実は認める。ただし、賃貸借契約は佐々木と原告代理人・後見人二木角司の間で締結されたものである。

3、同3のうち、佐々木が、昭和三六年一〇月ころ、原告代理人・後見人二木角司の承諾を得て、同年一二月ころ、増築工事をしたことは認め、その余の事実は否認する。

4、同4は争う。

5、同5のうち、本件店舗部分の賃借権及び本件増築部分の所有権を金五〇〇万円で譲受けたことは認め、その余の事実は否認する。右譲渡の時期は昭和四九年暮ころである。

6、同6の事実は認める。

7、同7のうち、本件店舗部分及び本件増築部分を占有して理髪業を営んでいることは認め、その余の事実は否認する。被告が占有を始めたのは昭和四九年暮ころからである。

8、同8の事実は認める。

9、同9の事実は否認する。佐々木の賃借していた最終時点である昭和四九年春頃で賃料額は一か月金四万六八〇〇円であったが、同年暮ころ一か月五万六一六〇円、昭和五一年一一月分以降一か月七万一一六〇円、昭和五三年四月分以降一か月八万六〇〇〇円に改訂された。

10、同10は争う。

三、抗弁

1、被告は、昭和四九年暮ころ、原告代理人二木角司の承諾を得て、佐々木から本件店舗部分の賃借権及び本件増築部分の所有権を譲受けた。

2、仮りに佐々木が本件増築部分の所有権を取得しなかったとしても、同人は右部分につき賃借権を有していたところ、被告は、昭和四九年暮ころ原告代理人二木角司の承諾を得て佐々木から本件店舗部分及び本件増築部分の各賃借権を譲受けた。

3、本件賃借権の譲渡につき、原告の黙示の承諾があった。

4、仮りに、本件賃借権の譲受が無断譲渡であるとしても、本件の場合、賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情がある。

(一)  被告は前賃借人である佐々木登代子に雇用され本件店舗で数年間働らいており、原告やその後見人の二木角司とも親しい間柄であった。

(二)  被告が賃借権を譲受けた契機は、佐々木が年老いたため郷里の兵庫県丹波へ帰るためその後を引き継いだものである。

(三)  被告が本件建物の使用を始めるに際しては、上田龍吉を通じて原告方の了解を求めその承諾を得、看板の付け換え等も原告は承知し、家賃通帳も被告に交付し、以降本訴直前に至るまで被告から受領している。

(四)  被告は滞りなく賃料を支払い、数度に亘る賃料の値上げ請求に応じてきた。ところが昭和五三年に原告は一年間に二度に亘る賃料の値上げ要求をなしてきたのに対し、被告がこれに応じなかったことから原・被告間に紛争が発生したものであるが、被告の右値上げ拒否に不当性はない。

四、抗弁に対する認否

1、抗弁1のうち、被告主張の賃借権の譲渡がなされたことは認めるが、その余の事実は否認する。本件増築部分は原告の所有であり、被告はその所有権を取得すべき理由はない。

2、抗弁2ないし4の事実は否認し争う。

五、原告の主張

1、本件紛争は、昭和五三年四月の店舗改装及びそれに次ぐ同年一一月の家賃改訂に端を発する。右時点までは被告は本件建物の借主が佐々木であることを装い、店舗改装については佐々木の代理人上田龍吉と原告の代理人である二木角司との間で折衝がなされ、その際右両者の間で「店舗改装を認めるかわり、これに伴ない家賃を一か月一万五〇〇〇円増額する。但し従来どおり二年に一度の家賃改訂の時期(昭和五三年一一月)がきたら予定どおり二割増額する」という合意が成立した。

2、ところが、昭和五三年一一月になって、これまで右上田のいうままであった被告が右賃料の増額に応じられないといい出した。そして紛争がエスカレートする中で、本件賃借権の無断譲渡の事実が原告に判明した。右の如く、被告は右上田と共に永年に亘って原告を欺き通してきたものであり、背信性は明らかである。

3、被告は本件建物の使用を開始する以前に本件建物で稼働したのは、七年以上も前のことであり、被告は独身で佐々木のいわゆる丁稚であり、右七年間は他所で佐々木と無関係に稼働していた。

4、被告が本件建物の使用を開始するに当たり、原告が了解したのは、被告を佐々木の使用人として雇用し、同店舗を被告に切り盛りさせるということにすぎず、看板についても被告は使用開始後数年に亘って「佐々木理容所」の看板を使用していた。

六、反訴請求原因

1、前賃借人・佐々木の本件店舗の賃借権には、別紙物件目録(四)記載部分(以下本件通路部分という)を通行して、同目録(三)記載の便所(以下本件便所という)を使用する権利を伴っていた。

2、原告は、昭和五三年暮ころより、被告やその家族・使用人・顧客が右便所を使用すると罵声を浴せるなどいやがらせをするようになり、同五六年春ころからは右便所への通路に水を入れたバケツやゴミの入った段ボール箱などを置いて被告らの便所の利用を妨害している。

3、よって、被告は原告に対し、被告及びその家族・使用人・顧客が本件便所を使用すること、そのため本件通路部分を通行することを妨害してはならないとの判決を求める。

七、反訴請求原因に対する認否及び主張

1、反訴請求原因はいずれも否認する。

2、便所の使用については、もともと共同使用のものではなく、原告の厚意によるものであるところ、被告方の子供が便所を汚したり、又は使用後これを放置して流さずに汚れたままにしておいたり、スリッパを便器に落したりしてもそのままにしておくので、原告が被告方に便所を掃除するよう申し入れても、却って原告に喰ってかかる有様であり、トラブルの生じた全ての原因は被告側にある。

第三、証拠《省略》

理由

第一、本訴請求関係

一、本件増築部分の所有権の帰属について

1、本訴請求原因1及び8の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

2、同3のうち、佐々木が昭和三六年一二月ころ、原告代理人・後見人二木角司の承諾を得て二階部分の増築工事をしたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、本件増築部分はもと平家建てであった本件店舗部分の瓦葺の屋根を撤去して一階部分の柱に柱を継ぎ足す方法により構築したものであること、その構造は屋根はトタン葺の片流れ、周囲は板又はモルタル壁であり、内部は四畳半二部屋・一畳半の部屋・台所と押入れからなっていること、外部への出入りは本件建物の一階部分の別紙図面ハニに出入口がありそこから梯子段を利用して出入りするほか、本件店舗部分内を通って出入りできることが認められる。ところで建物の増築部分の独立性が認められるためには、(一)経済上の独立性と(二)構造上の独立性が必要であるところ、本件増築部分は、別個独立の出入口を有するなど一部構造上の独立性を肯定し易い要素もあるが、他方、既存の木造建築の上に増築された二階部分であって本件建物構造の一部をなすものであり、それ自体では経済上、取引上の独立性を有しないものと認められるから、仮令本件増築につき賃貸人の承諾を受けていたとしても、民法二四二条但書の適用が認められる場合に該当しない。もっとも《証拠省略》によれば、原告の代理人二木角司と佐々木との間においては右増築部分についてこれを佐々木の所有と認め、右増築部分が存在する本件建物敷地について昭和三六年一〇月当時一か月三〇〇〇円、昭和四一年一月以降一か月四五〇〇円の地代とする旨の合意をしていることが認められるが、右合意は本件二階部分が客観的に独立性を有しないとする前記認定を左右するものではない。

3、右の次第で、本件増築部分の所有権は増築がなされた当初から本件建物の構造の一部というべきであるから、本件建物と一体としてその所有権は原告に帰属しているものというべきである。

二、本件店舗及び二階増築部分の明渡請求について

1、請求原因2及び6の事実は当事者間に争いがない。

2、同5のうち、被告が佐々木から本件店舗部分の賃借権及び本件増築部分を代金五〇〇万円で譲受けたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右譲渡の時期は遅くとも昭和五一年一二月三〇日であることが認められる。しかして本件二階増築部分については前記認定の如く独立した所有権の対象とならないものであるから、右部分についての所有権を譲受けたとする被告の主張は理由がない。しかして《証拠省略》の「店舗契約書」によれば、「旧二階は現在の家賃で含んでいること」なる記載がなされていることが認められ、さらに《証拠省略》によれば、本件二階増築部分の使用については有償であることが認められるから、結局これらを総合すると、佐々木は地代名下の賃料により右増築部分を原告から賃借していたものであるところ、本件店舗部分の賃借権の譲渡と同時に右増築部分の賃借権を被告に譲渡したものと認めるのが相当である。

3、被告は、右各賃借権の譲渡につき原告の代理人二木角司の明示又は黙示の承諾があった旨主張し、証人上田龍吉の証言中に右主張に沿う供述部分があるが、《証拠省略》により認められる次の事実、すなわち前記譲渡後も、本件店舗部分等の賃料の値上げ交渉は佐々木の代理人の立場にある上田龍吉と原告の代理人二木角司間においてなされてその額が決定され、被告は右交渉に関与していなかったこと、及び二木角司は前記譲渡契約の内容については知らなかったことの各事実に照らしにわかに措信し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。

4、そこで進んで、当事者間の信頼関係の存否について検討するに、《証拠省略》によれば、次の各事実が認められる。

(一) 佐々木は本件店舗部分で「佐々木理容所」の商号で理髪業を営んでいたが、被告は昭和三八年から昭和四四年ころまで佐々木に雇われ従業員として右理髪業に従事した。昭和四五年ころ被告は佐々木理容所を退職し、入れ替わりに佐々木の弟の小西某が佐々木に雇われ昭和四九年ころまで事実上佐々木に代わって右理髪業に従事した。

(二) 昭和四九年ころ、右小西が退職した後佐々木は自ら右理容所を経営する意欲をなくし、これを他に譲って兵庫県の田舎に転居したい意向を示し、内縁の夫の上田龍吉を通じて原告の代理人である二木角司に対し、右理容所をもとの職人で佐々木の血縁関係にある被告に譲るについて承諾を求めたところ、二木は従前の賃料を増額することを条件に被告の本件店舗部分及び二階増築部分への入居を承諾した。そこで佐々木は同年一一月ころ本件店舗から退去し、代わりに被告が本件店舗等にその頃家族と共に入居し、上田から従前の賃料額が二割増額された結果、一か月五万六一六〇円となった旨知らされ承諾した。その際、被告は上田を介して右賃借権の譲渡について原告の承諾を得たものと信じ、本件店舗等に入居する際、二木方に酒を持参して入居の挨拶をした。

(三) 被告は、佐々木から本件店舗内の営業用器具一切を引き継ぎ、昭和五〇年二月ころ大阪府高槻保健所長に対し「理容杉浦」の名称で開設届をなし、そのころ同所長から検査確認の通知を受けた後、右理髪店営業を開始した。そしてそのころ南側の高槻センター街に面した店舗部分に「BARBER、杉浦」なる看板を設置した。原告は独身であって二木と共に本件建物のその余の部分に居住しているものであるが、二木は月一回被告方で散髪するなど両者の関係は良好であった。そして被告は本件店舗等に入居後、原告方に毎月の賃料と家賃金領収の通を持参し、原告側から右通に二木名義の家賃の受取印の押印を受けていた。なお、右通の名義人は被告であった。しかし、昭和五二年一月以降はその表題に「杉浦利治」様、二木と表示してある領収証綴が右通に代って使用されるようになり、被告は原告側から、右領収証綴に前同様二木名義の受取印の押印を受けていた。しかして本件店舗等の賃料額は昭和五一年一二月以降一か月七万一一六〇円に増額されたが、右値上げの交渉は前記上田龍吉と二木角司の間でなされ、上田は被告の意向了承の下に二木に対し右増額を承諾した。

(四) 昭和五三年三月ころ、被告は原告の承諾の下に本件店舗の改装工事をなし、店内の改装は勿論、表通りに面した看板も「ヘアーサロン、スギウラ」と変更するなどの大巾な改装工事をなした。これに対し、原告側は前記上田を通じて被告に対し同年四月から賃料を増額することを要求した。ところで、原・被告間において本件店舗等の賃料は本件二階増築部分を含めて一括して定め、その増額は二年毎に二割を増額することで基本的な合意が成立していたので、被告としては同年一一月に増額される代わりに同年四月からの増額請求を承諾することとし、結局、同年四月以降本件店舗等の一か月の賃料額は八万六〇〇〇円に増額された。しかして同年五月以降は原告の意向に従い賃料を原告の銀行に振込送金されることになり、被告は原告から口座番号を聞き、右振込送金をなしてきた。

(五) ところが、原告の代理人の二木は昭和五三年一一月ころ、被告の同席の下に上田龍吉に対し、前記約定の下に同月以降本件店舗等の一か月の賃料をさらに一万五〇〇〇円増額する旨請求したのに対し、被告は一年に二回の値上げは不当であるとしてこれを拒否し、上田にその旨返答させたため、右値上げ交渉は決裂した。しかし、被告はその後も被告名義で銀行振込を継続していたが、昭和五四年八月ころ、二木から上田龍吉名義で送金するよう指摘され二か月分の送金は右上田名義でなしたが、結局自己名義に戻した。右銀行振込は昭和五六年二月分まで続けられたが、同年三月分以降は二木が直接持参を指示したので、被告がこれを持参するとその受領を拒否したので、被告は同年三月分以降現在まで弁済供託をしている。

(六) 原告らは昭和五四年九月二五日、佐々木夫婦及び被告を相手方として大阪簡易裁判所に調停の申立をなし、右調停は不調となったが、右調停中に原告らは被告が昭和五一年一二月三〇日付で佐々木から本件店舗の賃借権を五〇〇万円で譲り受けている事実を知った。

以上の事実が認められる。《証拠判断省略》

右認定事実によれば、被告は昭和五〇年以降本件店舗及び本件二階増築部分について佐々木から実質的に賃借人としての地位を承継し、原告もこれを事実上承認し被告を右賃借人として扱ってきたことは明らかである。原告は、被告が佐々木の使用人であると主張するが、その実態は全くない。もっとも賃料増額の交渉に限って原告は佐々木の代理人である上田龍吉と交渉し、被告も同人にこれを一任していた限度で原告は佐々木を賃借人と認め、被告を賃借人として認めなかったが、佐々木にはもはや賃借人としての実態はないのであるから、同人が賃料増額について原告側と交渉すべき資格も理由もないし、原告側が佐々木を従前どおり賃借人と扱うべき利益はない。すなわち、佐々木と被告の本件店舗等の使用状況はともに理髪店営業でありその間に差異はなく、その賃料もともに右営業から支払われ、佐々木に比し被告の右支払資力に格別の不安はなく、現実に右支払遅滞は一度もなかったこと、被告は少くとも本件店舗等の使用については原告側の承諾を得ており、被告入居後は相互信頼の下に平穏に使用関係を継続してきたこと、本件紛争の主たる原因は右賃借権の譲渡になく賃料値上げをめぐる交渉にあり、右についての被告側の態度に一方的な不当性が認められないこと等の諸事情を総合すると、仮令、本件賃借権の譲渡について原告の承諾がなかったとしても、そのことを理由としては未だ当事者間の信頼関係は失われておらず、結局賃借人たる原告に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるものというべきである。

5、よって、原告が佐々木に対してなした賃借権の無断譲渡を理由としてなした右賃貸契約解除の意思表示は無効であり、被告は、本件店舗部分及び二階増築部分の賃借権の譲受けをもって原告に対し対抗することができるというべきである。よって、原告の被告に対する右各部分の明渡請求は理由がない。

三、賃料相当損害金の請求について

前記認定の如く、被告が本件店舗部分及び二階増築部分を不法に占有していることを認むべき証拠はないから、右請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

第二、反訴請求関係

一、本件便所の使用権について

1、《証拠省略》によれば、当初佐々木が本件店舗を賃借したときは、本件店舗北隅あたりに便所があったこと、その後別紙物件目録(三)記載の位置へ移されたこと、便所を水洗式にするにあたりその費用の一部を小西が負担したこと、本件建物には本件便所が一つあるだけであること、佐々木は、本件建物の二階部分である本件増築部分に居住し、且つ本件店舗で理髪業を営んでおり、現在の場所に移される前の便所を使用し、また本件便所も別紙物件目録(四)の部分を通行して使用していたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。右認定事実によれば、被告が佐々木から譲受けた賃借権には別紙物件目録(三)記載の便所を使用する権利及びそのため同目録(四)記載部分を通行する権利を従たる権利として含むものというべきである。

二、原告の妨害行為について

《証拠省略》によれば、昭和五三年暮ころより被告等が本件便所を使用すると原告が罵声を浴せるなどいやがらせをするようになったこと、同五六年暮ころには別紙物件目録(四)部分にゴミ箱や水の入ったバケツを置いて被告等の便所への通行を妨げたこと、原・被告間の紛争は未解決であり、将来右妨害が反復されるおそれがあることが認められ、他に右認定を覆すにたりる証拠はない。

第三、結論

してみれば、原告の本訴請求は前記第一の認定の限度で理由があるから右限度でこれを認容し、その余は理由がないので失当としてこれを棄却し、反訴請求は理由があるからこれを認容し、民訴法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 久未洋三)

<以下省略>

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